泉岳寺の文化・歴史
情報確認日: 2026-09-11
地図・周辺情報
地域名を象徴する泉岳寺は曹洞宗江戸三ヶ寺の一つで、寺の公式史によると1612年に徳川家康により外桜田に創立され、1641年の火災後に現在の高輪へ移転しました。江戸時代には僧侶教育の場としても重要で、常時約200人の学僧が学んでいたと伝えられています。赤穂藩主浅野家の菩提寺であったことから、1702年12月14日の討入り後、赤穂四十七義士が主君の墓の近くに葬られました。その後「仮名手本忠臣蔵」の普及とともに全国的に知られる参詣地となりました。現在は赤穂義士記念館や義士木像館もあり、史料・遺品等を公開しています。泉岳寺の中門は1836年、山門は1832年の再建で、境内には大石内蔵助像などもあります。現代の高輪ゲートウェイ地区のすぐ隣に400年以上の歴史を持つ寺院文化が残ることが、この地域の大きな個性です。 ([曹洞宗 江戸三ヶ寺 萬松山 泉岳寺][8])